メイプルとコンビニ店員の話

凍てつくような寒い日だった

 

暖をとろうと最寄りのコンビニへ入った。いらっしゃいませ~。艶やかでよく通る声が私を迎えた

 

ド田舎な町なので、このあたりのコンビニ店員になる主な層は主婦である。レジで客を待つその人もそうなんだろう、女性ならこんな風に歳をとりたいと思わせるような、綺麗な人だった

 

暖かい缶コーヒーを手に取りレジへ向かう。あ、あと37番ください。37番ですね。年齢確認ボタンをお願いします。

 

やはりいい声をしている。丁寧な接客だ。ここのコンビニは気分がいいな。袋はご利用ですか?あ、いえ、結構です。ありがとうございます

 

全国の愛想の悪い店員はこの方を見習ってほしい。きっと今より住みやすい国になるはずだ

 

その女性は、一仕事終えた顔でレシートを差し出した。私はその人の一連の〆である、ありがとうございました。の声を妄想した

 

きっと締めにふさわしい、素敵な挨拶なんだろう。さあこい。早く聞かせてくれあなたの声を

 

 

 

まだか

 

まだ言わないのか

 

 

 

言ってくれないと俺もここから離れにくいだろ。さあ早く聞かせてその甘美なありがとうを。あ、目があった。女性は深く息を吸い込んだ。いいぞ、いってやれ、さあ、はやく、はいキュー

 

 

 

スゥ…アッシタ!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

???????????????????

 

まってくれ。今なんて言った?なんて言ったんだ。ア、アッシタ???

 

どうした 何がおきた なぜ急に体育会系に……?

 

訳が分からずド、ドウモ…としか返せなかった

 

大量のクエスチョンマークを頭に浮かばせながら、たよたよと自動ドアをくぐった。

 

ありがとうございましたー。店内から最後の挨拶がきこえた

 

それは普通なのかい。

 

ひとまず落ち着こうと缶コーヒーをあけ、タバコに火をつけた。今起こった出来事を脳内で反芻する

 

町内一美しい熟女店員が実は体育会系男子だった

 

簡潔にまとめてもやはり意味が分からない

 

きっと彼女は多重人格者で、最後のありがとうございましただけを言いたがる熱血応援団的男性が内に潜んでいるんだろう。そうとしか思えない

 

サウンドロゴとしても通用しそうな、アッシタ。何がなんだか分からなかったが、とにかく気持ちがよかった。また聞きたいと思った

 

昨今ではキャッシュレス決済が盛り上がりを見せている。100億円をばらまいたPayPayなどは記憶にあたらしい。そういった決済では、目に見えないお金の変わりとして決済音が工夫されていたりする

 

PayPayならペイペイ♪、WAONならワオン!クイックペイならグイッッベェェイ♪

 

彼女のそれは、これらの比ではないほどの決済感であった。あれはファミリーマートが開発した次世代型アンドロイドなんじゃないかと疑ってしまうほどに

 

癖になってしまったのだ

 

言葉が聞き取れずともダイレクトに伝わるその声が

 

聞かずにはいられない。もはや恋である

 

そして不安になる。私はきちんと挨拶ができているだろうか

 

 私が遊んでいるメイプルストーリーでも、挨拶は楽しくゲームをプレイするための重要なファクターだ。初INならおはようございます。戻ってきたらただいま。おかえりなさい。よろしくお願いします。お疲れ様でした。

 

今一度自分に問う。果たしてそれは本当に心のこもった挨拶か?

 

形だけになってしまっていないか?

 

大事なのは心であって、目に見えるそれは実は重要ではない。いかに気持ちを込められるか。そして表現できるか。その最終到達点こそが、アッシタ!!!!!!!!!!!なのである

 

彼女はそれを私に教えてくれたのだ

 

私は、彼女の意思を継ぐものとして、この究極の挨拶を広めていこうと思う

 

 

>おつかれーありがとーw おつありーw

 

アッシタ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

>グル誘いますねーよろー よろしく~

 

アッシタ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

>そろそろ寝るわwおやすー すみー

 

アッシタ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

>てか今のドームでしょ なに忘れてんの

 

アッシタ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

>オーラかかってないんですけど?オーラないバトメとか価値ある???

 

アッシタ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

>ふざけてんの?ガイジなの?晒すぞお前

 

アッシタ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

完璧だ

 

いつの間にか固く握りしめていた拳には、うっすら汗が浮いていた

 

火照った体に、冷たい風がむしろ心地よかった